第14回. [序章] ~ 麻雀「プロ」の創生、共生、新生 ~⑭(バビィの新・「プロ論」)

第14回. [序章] ~ 麻雀「プロ」の創生、共生、新生 ~⑭(バビィの新・「プロ論」)

[更新日:2017/04/03(全文掲載)、公開日:2017/03/03]

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月刊「麻雀界」で好評連載中のバビィの新・「プロ論」。以下、「2017年3月1日発売号」の連載内容を特別に掲載させて頂いています。(太字・色づけ等は当サイトにて付与)

▼▼▼ ここから馬場プロの連載より ▼▼▼

日本初の麻雀プロ団体の誕生

〈これからの麻雀タレントの生き方には二つある。
ひとつは実生活や社会の表面から麻雀を切り離し、麻雀界を特殊村にして魅力を保つこと。もうひとつは、麻雀タレントにプロレスのような渾名を付け、絵空事の面白さで麻雀界を沸き立たせていくこと――〉

今から37年前、近代麻雀の座談の席で、そう発言した阿佐田哲也氏。麻雀プロが目指すべき道として「特殊村」もしくは「絵空事」の世界の構築を提言されています。

これは何を意味しているのか。

端的に言ってしまえば「囲碁・将棋の世界」の否定です。

当時の麻雀プロ、麻雀メディア、麻雀業界関係者が描いていた「(プロ)麻雀界」の理想像は囲碁界と将棋界でした。

全国紙に牌譜が掲載され、NHKが対局を放送し、企業スポンサーが付いて、プレイヤーが対局料や賞金で生活できる世界。

しかし阿佐田氏は37年前の時点で、それは無理であると判断されたのです。

言葉こそ柔らかいものの、麻雀界関係者の理想像の否定。

けれど事態は阿佐田氏の思いとは別の方向に動き始めました。

小島武夫プロ、灘麻太郎プロが中心となり、麻雀プロたちの大同団結を呼びかけます。

目標は日本初の「麻雀プロ団体」の設立。

もちろんその団体は「特殊村」でも「絵空事」でもありません。

お手本はおそらく日本棋院日本将棋連盟でしょう。

麻雀を愛する文化人たちの応援や協力もあり、設立は目前となりました。

だが1980年、第五期最高位戦でトラブルが発生。

その結果、近代麻雀(最高位戦主催)と袂を分かつプロ、逆に近代麻雀側に付くプロ、麻雀プロたちが二分される出来事が起きたのです。

このトラブルの原因、遠因、真相は何だったのか。

僕は昨年の2月、麻将連合の高見沢治幸プロと共に、岡田和裕さんの元を訪ねました。

岡田和裕さんは近代麻雀の二代目編集長。

最高位戦トラブル時の当事者です。

左から馬場裕一さん、近代麻雀二代目編集長・岡田和裕さん、麻将連合・高見沢治幸プロ(バビィの新・「プロ論」)
左から馬場裕一(バビィ)さん、近代麻雀二代目編集長・岡田和裕さん、麻将連合・高見沢治幸プロ

個人的には30年ぶりの邂逅で、昔話を交えながら、トラブルに関するいろいろな話をお訊きしました。

予想通りの話もあれば、意外過ぎる話もあり、やはりこういうケースは当事者たちにきちんと取材しなければいけないな、という感を強くした次第。

いずれ本論のほうで、この鼎談(ていだん)の詳細をお伝えする機会がくるでしょう。

さて、近代麻雀と袂を分かったプロたちは、当初の予定に従い1981年にプロ団体を設立。

これが現在の「日本プロ麻雀連盟」であり、日本初の「麻雀プロ団体」が誕生したのです。

近代麻雀側に残ったプロたちは、これまで通りフリーランサーとして最高位戦や他のタイトル戦に参加。

しかし1984年、経営的事情により最高位戦の主催を放棄。

当時の最高位戦選手たちが、その権利を譲り受け、第10期から自主運営の形で再スタートを切りました。

当初は「最高位戦グループ」という呼ばれ方をされていた彼らでしたが、やがて組織としての「最高位戦(日本プロ麻雀協会)」が発足。

二番目の「麻雀プロ団体」がここに誕生するわけです。

(つづく)

▲▲▲ ここまで馬場プロの連載より ▲▲▲

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▼ 上記は、月刊「麻雀界」2017年3月1日発売号に掲載された内容です。

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