第9回. [序章] ~ 麻雀「プロ」の創生、共生、新生 ~➈(バビィの新・「プロ論」)

第9回. [序章] ~ 麻雀「プロ」の創生、共生、新生 ~➈(バビィの新・「プロ論」)

[更新日:2016/11/03(全文掲載)、公開日:2016/10/03]

   Check  

バビィの新・「プロ論」目次 へ <<

月刊「麻雀界」で好評連載中のバビィの新・「プロ論」。以下、「2016年10月1日発売号」の連載内容を特別に掲載させて頂いています。(太字・色づけ等は当サイトにて付与)

▼▼▼ ここから馬場プロの連載より ▼▼▼

競技プロ〟の誕生と年間順位戦

今から40年前の、昭和51年(1976年)。

改めて思い返してみても、この年が麻雀プロ「創生」へのスタートだったような気がします。

もちろんそれ以前に麻雀新撰組の存在はありました。

小島武夫氏や古川凱章氏ら新撰組のメンバーは、ファンから「麻雀プロ」として認知されていたのです。しかし、そのプロ像は、どちらかというとタレント的イメージのほうが強かった。

タレントではない麻雀プロ、即ち「競技プロ」への模索が行なわれ出したのがこの年(昭和51年)だと僕は考えています。

その発火点は古川氏が主宰を務めた年間順位戦でした。

阿佐田哲也氏はコラムや著書の中で、古川氏のことをこう評しています。

―「虚」ではなく「実」を求めた男

麻雀界を囲碁や将棋のような世界にしたい、そんな理想から始まった年間順位戦。

古川氏は「虚」(タレント) から「実」(競技プロ) への道を拓こうとしたのです。

ここに多くの若者が集まってきました。

その波に呼応するかのように、昭和51年、近代麻雀が新たなタイトル戦「日本麻雀最高位戦」を設立します。

年間100回のリーグ戦

年間100荘打って勝敗を競うという、史上初の本格的なリーグ戦。

特筆すべきは、このタイトル戦に「Bリーグ」が加えられたことでしょう。

最高位を決める「Aリーグ」は、新撰組メンバーを中心にアマチュア団体の高段者やタイトルホルダーで構成。

では「Bリーグ」にはどんな選手が出場したのか。

これがほとんど無名の若者たちだったのです。

年間順位戦の選手が半分以上占めていました。

未来の「麻雀プロ」を創り出す「場」が設けられたわけです。

左から阿佐田哲也氏、古川凱章プロ、小島武夫プロ(バビィの新・「プロ論」)
左から阿佐田哲也氏、古川凱章プロ、小島武夫プロ

大きな場となった阿佐田哲也杯

同時にこの年、プロ麻雀が「阿佐田哲也杯」を創設。

麻雀界の芥川賞を掲げ、有望な若手雀士の発掘に乗り出しました。

ここにも「場」が設けられたのです。近代麻雀やプロ麻雀の誌面を通じて、麻雀プロを志す若者たちの熱気がファンに伝わり始めました。

やがて彼らの知名度も徐々に上昇。

次に若者たちはグループをつくっていきます。

とは言っても現在の研究会やサークルの類いと違って、ただ打つだけ、お互いの腕を競い合う道場のような感じの集まりでした。

有名なのは「謡いの会」。このグループに在籍していた主な選手は次の方々。

田中利春さん・安藤満さん・西田秀幾さん・荒正義さん・瀬田順由さん・青野滋さん etc.

次に勢力(?)を有していたと思われるのが「渋谷若獅子戦」。在籍していた主な選手は次の方々。

久保谷寛さん・森山茂和さん・伊藤優孝さん・ロッキー堀江さん・井出洋介さん・高見沢治幸さん・大沢健二さん etc.

当時17歳だった僕は、縁あってこの渋谷若獅子戦に参加することになるのです。

(つづく)

▲▲▲ ここまで馬場プロの連載より ▲▲▲

第8回連載 へ戻る <<          >> 第10回連載 へ進む

▼ 上記は、月刊「麻雀界」2016年10月1日発売号に掲載された内容です。

月刊「麻雀界」
>> 月刊「麻雀界」の最新号をチェック!

バビィの新・「プロ論」
>> バビィの新・「プロ論」特集トップへ

Page Top